20世紀を代表する建築を選定し、その調査・保存を目指す国際組織『DOCOMOMO』の日本支部が毎年決定する「選定建物」。2020年、八代市厚生会館が243番目の選定建物に選ばれました。芦原義信さんの作品では4件目、熊本県内では6件目(県南では唯一)の選定です。「モダニズムの構造と表現、城郭を意識した伝統的意匠を見事に融合させ、本丸石垣とも対峙しうる重厚な存在感を示している。外部空間を構成していた別館は解体されてしまったものの、本館のみでも設計者の細やかな配慮を十分に味わえる名作である」と評されています。


八代城を意識したデザインで、厚生会館の特徴を示すパーツ。「キャバレー白馬」の創始者・西田勝己氏は、厚生会館に憧れて屋根のデザインを模したそう。

3階ホワイエの壁は縦に連なる色付きガラスブロックにより、自然光がスリットのように差し込みます。

縦と横の線を基本とした無駄のない折版構造の力強さ。最上部両端に斜めに噛み合う折版が高く空に聳え印象的です。
八代城跡側のピロティ。ピロティの独立した柱が周囲の風景を四角に切り取る額縁効果を作り出しています。
ピロティの床には那智石を埋め込んだ格子状のラインが引かれています。縁取りに使う材料を縁どられた内部の舗装材より格上にするのは、芦原建築の外部空間の設計ルールと言われています。
石垣を模したデザインは八代城跡との繋がりを如実に表しており、八代(地元)へのリスペクトが感じられます。


この位置に「新鮮空気取り入れ口(撤去済)」があり、周囲に水が張られていました(水盤)。連なる正方形の石は「沢渡石(解体済)」。建築専門誌の表紙にもなった意匠。

八代城跡の石垣との調和として、建物の壁は上部ほど幅が狭くなる台形に。ドアハンドルはスチール製で竣工時のまま。押す側も引く側も握りやすいフォルムです。

石垣そのもののデザインは入り口の外側から続き、建物の外と中、ひいては会館と八代城跡との繋がりを演出。その土地独自の素材やモチーフをデザインに取り入れるのも芦原作品の特徴です。
建物の外部も内部も、効果的に鮮やかな差し色が施されています。これは芦原建築の特徴とも。濃紺の外壁の中の黄色とサーモンピンクの扉は遠くからでも目を引きます。内部にも黄色い扉が点在。ホワイエのリノタイルの床も赤と深緑で塗分けられていて、淡い水色の内壁との調和も絶妙。




ホワイエ(foyer)とは、フランス語で「暖炉」「団らんの場」「たまり場」を意味し、幕間の休憩や社交の場として使われる空間で通常はロビーと同じ意味で使われることが多く、坂田道男市長は「ホワイエ」という呼び方にこだわったそう。
ホワイエの天井は「コンクリート素地仕上げ・ワラン格子取り付け」という仕上げ。下地のコンクリートにも赤・濃紺の色が配され、格調高い雰囲気を醸し出しています。
竣工当時の八代市の人口の100分の1にあたる1,000人を収容できるようにと造られたホール。「地方都市のホールだから」と使う資材の質を落とすことなく設計するという方針のもと、石垣様の壁素材を筆頭に当時の最適のものが使われている。客席前方はオーケストラピットになる仕様。「市民の文化的欲望を十分に満足させる」ことを目的に計画され、十二分にその役割を果たしています。


鮮やかなオレンジ色の座面の椅子。並ぶ姿はまるでお花畑のよう。黒色のひじ掛け、白い革張りの背面など工芸品のように美しい佇まいです。座席のサイズは坂田道男市長が熟考の上、当時のヨーロッパのホールと同じサイズにしました。
外部の音を遮断しなければならないホール。ガラスのブロック面以外の外壁はほぼ紺色のタイルで覆われている中、「防音」と「採光」の両方を実現するよう工夫されています。
花道を擁するステージは、多くの演者から「演出の幅が広がる」と賞賛されてきました。花道にもライトアップが可能な仕掛けが施されています。
エントランスからホールへと向かうスロープ状の通路には赤いじゅうたんが敷かれ、現実から夢の世界へと導かれるような空気に包まれます。
ホワイエから2階に至る階段。階段の木の手すり、アクリルの落下防止策板が貼られた欄干など、竣工時のまま。階段面のリノタイル張りの淡い玉子焼き色が目を引きます。
落成から10年後にリニューアルされたトイレ。TOTO製の洗面台で男子は紺色、女子はサーモンピンク。壁のタイルはイタリアから輸入したこだわりのもの。当時より、「洋式トイレを3分の1は導入すべき」という芦原氏の意見を取り入れたリニューアルでした。トイレの看板サインは、赤地に白い明朝体で統一されています。




楽屋にある照明。オレンジ色のソケットがヴィンテージでお洒落なデザイン。
芦原氏の作品に多く使われるタイル。厚生会館の外壁には高さを強調するため、美しい濃紺の2丁掛けタイルが縦方向に張られています。


ホワイエの床に張られた磁器タイル。色やパターンが少しずつ異なります。

ホール内壁のタイルは白色テラコッタタイル仕上げで貝殻の中にいるような感覚に。「天井を黒く、壁を白くしたかった。壁は人が十分もたれかかることができる丈夫なものにした」という芦原氏の説明が残っています。